私が「咲く」と言うとき、花の開花を意味しているのではない。

私にとって「咲く」とは、自分の感性(心+身体)に浸り、ときに涙を流すことなのだ。

一人で、私は開く。


待つ時間さえも、尊い。

庭でバラのつぼみが初めて開くのを見たとき、それを理解した。

固く閉じたままのつぼみを前に、私は不安だった。

本当に咲くのだろうか、それともこのまま枯れてしまうのだろうか。

疑念と悲しみが私を襲った。

私は見続けた。

そしてついに、蕾はかすかに開き、花びらがゆっくりと広がり始めた。

待つこと自体が報われた瞬間、花に映るのは自分自身だ。


書くことは、感性が心と頭を通して翻訳される行為。

自分自身を翻訳するのだ。

私は、まだ咲いていないものを抱えながら苦しむ。

それすら生きてる証。

< back home next >
GET IN TOUCH
Je'm is part of OHLUCINDA